レビュー『クレーの絵と音楽』ピエール・ブーレーズ著

作曲における“秩序”とは、どういった意味を持つものなのでしょうか。秩序をそれ単独として思索するのではなく、そこからどの様な音楽を“演繹”するのかと問うたならば、秩序の遵守から生み出されるものとそれ以外のものとの“ゆらぎ”によって、結果として「秩序から多様性が生み出される」という事実に気付くものなのではないでしょうか。

これは、音楽作品から論理を“帰納”していくこと、つまり一般的な音楽理論に関する見解とは反対の位置に存在するものと言えるかもしれません。そしてこのことは、作曲者が日頃、無意識的に行っている作曲行為の一部と言えるでしょう。

ブーレーズは本書において、画家クレーの表現する「幾何学」や「有機的な原理」に着目し、コンポジシオン(作曲・構成)の姿を露にして行きます。独自の鋭さを持つ口調は、時に理知的で説得力に溢れ、時に自らの経験を踏まえた熱さを感じさせてくれます。とかく、いかにもフランス的なインテリとして扱われることの多いブーレーズですが、私としては、その数学者のような(事実、彼は数学に秀でています)直感から生み出される「真実の側面」には、論理では説明できない共感を感じます。

書籍情報

『クレーの絵と音楽』
ピエール・ブーレーズ 著
出版社:筑摩書房(ISBN:448087240X)
1994年6月20日初版発行
サイズ:139ページ

『クレーの絵と音楽』の目次

本書には目次がありませんので、「訳者あとがき」から以下の文章を引用しておきます。

まさに、ここでブーレーズは、若き日の自分に深い感銘を与えたクレーの絵画や、50年代後半にシュトックハウゼンを通じて親しむようになったクレーの造形をめぐる省察にあらためて共感と敬意に満ちた眼差しを向け、音楽にも造詣が深く、生涯音楽とともに生きたクレーの創造活動を通り一遍のやり方で音楽と結び付けることなく、クレー同様、そしてクレーとともに、現代西欧の芸術創造の根源的な問題にまっすぐ向かい、クレーが造形芸術の領域で展開した創造的な思考を、クレーの詩情に溢れた絵画にしばしば立ち返り、創造のプロセスにおける理論的な思考の役割を示唆しながら、音楽の世界に閉じこもることなく、しかし音楽の領域で展開していくのだ。(本書p135より)

著者について

ピエール・ブーレーズ

著者ブーレーズは、(中略)『ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)』などにより、1950年代のはじめには早くもヨーロッパの現代音楽界で作曲家としての地位を確立し、その後も音楽言語や音楽思考の革新を目指して新たな作品を発表するとともに、多くの著述を通じて理論家・批評家・教育者として果敢な活動を展開し、さらに指揮者としても現代音楽を中心に数多くの作品の傑出した演奏を引き出してきた人物であり、特に創立当初から数十年にわたって主導してきたパリのポンピドゥー・センターに付属した音響・音楽共同研究所(IRCAM)の所長の地位を退いた1992年以来、意欲的な指揮・録音活動を再開し、広く欧米・日本の西洋音楽ファンを喜ばせている。(本書より引用)